2012年09月19日

いか釣り船漁師さんの話し 気仙沼漁港で

2012年9月19日、気仙沼漁港でいか釣り船の漁師さん3人にお話を伺いました。
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東京や他地区へは、なかなか伝わらない漁師さんの想いや漁業の実態についてです。

Q.東日本大震災が起きる前後で生活(漁業)はどう変わりましたか?

「津波により、船が丘に上がってしまった。新しい船が造られるまでに時間がかかってしまい、その間にモチベーションが下がっていってしまう。結果としてやめる人も増えている。特に高齢の漁師は再開する人は少ない。」
「義援金などで一時的には補助はあったが生活費の補助はなかった。」
「燃料費の高騰も漁業再開の足かせとなっている。」
「若い人には漁業は勧められない。職を求めて市外に出てしまう若者が多く、高齢化が進んでいる。」
「港や冷蔵設備などすべてそろわないと漁は厳しい状況にある。」
「漁の再開もカツオ漁が優先された。カツオばかりに力を入れているのではないか。」


Q.放射能の影響はありますか?

「宮城県は原発事故が起こった福島県の隣ということで水産物が敬遠される気がする。安全なのに、放射能の風評被害で、イカを買う人が減ってきた。それによって漁師をやめる人も出てきた。やる人が少なくなるからといって値段が上がるわけじゃない。」
「イカの値段は原発事故前と比べると3割も落ちてしまった。放射能の影響もあるし、外国産のイカによっても価格への影響を受けている。」
「例えばこんな現象も起こっている。北海道で獲って福島で水揚げすると安い値がついて、福島で獲って北海道で水揚げすると普通の値段で取引される。」
水揚げされた場所のみが産地として表示されるため、もっと本質的な漁場のことは考慮されないのです。


Q.生活の状況はどうですか?

「もともと気仙沼は賃金が決して高いとはいえない。働かないで生活保護をもらって暮らした方がいいと考える人もいる。」
「漁師は人に使われることが嫌いだから、一旦漁師をやめたら仕事がない。」


Q.都会の人に対して伝えたいことはありますか?

「がれき焼却や救助に尽力してくれた都会の人たちに感謝している。その一方で、がれき焼却受け入れの進捗は滞っている。そのような状況で『絆』っていう言葉には疑問を感じている。」


Q.復興に対して思うことはありますか?

「復興のスピードに差を感じている。岩手では早くに嵩(かさ)上げなどが行われているのに、気仙沼はなかなか行われない。気仙沼は岩手との県境だからその差を余計感じる。政治の力が大きく左右しているんじゃないか。」
 
漁師さんのお話を聞いて、震災1年半の社会における問題、漁業の現場の悩み、都市再生のぶつかっている壁が見えてきました。今回取り上げた声は被災地の声のほんの一部に過ぎません。しかし、こんな想いで生活をしている人がいるんだということ知ることで、気仙沼の見方、被災地の見方も変わってくると思います。
posted by 気仙沼復興塾 at 10:00| 日記